彫刻家 尾崎悟が想い巡るサファリ

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服部一成という男

炎に例えると、私が火床の奥の黄色い熾きだとすると、

服部一成君はその上に吹き出す青い炎です。

短い会話で200パーセント理解してしまう想像力と早い反応、

冴え渡り、切れ味がある。

そしてゆっくりと思慮深く上品で、言葉を巧みに操って相手を安心させてくれる。

服部君は一緒に浪人し、一緒に受験し、同じ大学で学んだ竹馬の友です。

いちばん多くの時間を共に過ごしたのは浪人の時で、そのとき彼は

グラフィックデザイナーを目指していて、将来の夢とか

芸術についてとか延々語り合っていました。

彼は有名なデザイナーのやった仕事(新聞広告やチラシなど)を

クリアーファイルに膨大な量をストックしていて、

彼の部屋は服部広告資料館みたいになっていた

今や世界的に評価されるアートディレクターになってしまいましたが、

クールで静かな物腰とは裏腹に、彼ほど熱い男は見た事が無い。

どんな仕事もパーフェクトにスマートにこなしてしまうように見えますが、

実は泥んこ大好きで制作のプロセスは地面を這いずり回って

無くしたモノを探すように必死で、

つまりセンスで乗り切るのではなく努力の積み重ねで

今の地位を獲得したのだと思う。

その部分で尊敬できて同胞と思えるから、

自分の人生の励みにもなるし、俺も決して間違っていないと

信じて今までやってこれました。

「僕には才能がないから彼には敵わない。才能が羨ましい‥‥‥」

そのような言い訳は、そもそも言葉の使い方からして間違っていると思う。

才能というものがこの世に存在するとしたら、

それはじんわりと脂汗を滲ませながら努力を続ける‥‥‥

息を止めて何秒我慢できるか。

その力の大きさなのではないかと、私は思います。

19歳から数えると今年でたったの25年。

彼と私の息を止め続ける我慢比べはまだまだ続きます。

高岡陽という男

彼ほど人間臭い男はいないと思っています。

明るいときは文字通り太陽のように周囲を照らし、

一定のサイクルで必ず夜が訪れ、自身の闇に埋没する。

彼の人間臭さは酒を飲ませるとさらに、

沈殿物まで一緒になって底の方から沸き上がってき、

引きづり込まれると抜ける事ができない。

しかしその生暖かい人間世界は一緒にいると意外に心地よく、

最後は殴られたりして終わるんだけどなぜか一切のわだかまりが残りません。

唯一殴り合った事のある友達です。

殴り合ったというのは同時に闘ったのではなく、

それぞれが一方的だった気がする。

私が始めて彼を殴ったのは浪人のとき、

高岡君はデッサンが思うように描けず、先生から

「ストイックさが足りない」

と言われて、どうすればストイックになれるか一緒に無い知恵を絞って

ようやく出た結論が、毎日バカバカ吸っていた大好きなタバコを止めると言う事。

デッサンにまったく関係のないこの修行で果たして絵が上達するかは謎でしたが、

精神論が全てを支配する美大受験において

ちょっとだけ期待できる処方である気がしたのです。

「よし、俺も付き合ってやるぞ」

などと私も一緒に盛り上がり、1週間ほど経ったある日、

高岡君が私の家に泊まりにきた。

彼の後に私は風呂に入ったのですが、排水溝に吸い殻を発見‥‥‥

それで殴ってやったと言う訳です。

何とも微笑ましい男の子の友情ですよね。

私が殴られたのはたいしたことはない話しなんですけど、

私が女にふられて酔っぱらって泣いていたら、

「尾崎悟が何さらしとんのじゃあああ!」 と言いながらボコボコ殴るんです。

そんなとき、親友なら普通は慰めますよね?

ヒドイ話です。

きっと彼は悔しかったのでしょう。

おざきをふった女に対しての怒りと、

情けない私の姿を見て、

その矛先がたまたま目の前にいた私に向いてしまった。

帰りの始発電車の中、本当は独りになりたくなかった。

しかし、アンパンマンみたいに腫れてズキズキとする痛みに耐えていたら、

なんだかまだ彼と一緒にいるみたいで、 とても安心できました。

そんな感じで純粋で楽しい青春時代を共に過ごして、

喧嘩もしたし何の利害関係もないけれど、理屈じゃなく好きで、

絶対に失いたく無い友達なのです。

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