友人から 〜 前田紀貞氏

示現流 尾崎悟

薩摩古流の剣術に「示現流(じげんりゅう)」という流派がある。
これは、他の派とは異なり、あれこれ能書を述べることなく、とにかく全き「実戦」のみを想定し純を極めた壮絶な剣術である。

わかりやすく言えば、"ただただ、振りかざした剣を、真っ直ぐに 相手の脳天めがけ 渾身の力で太刀下ろす" これだけである。
いや、ひとつだけ留意すべきことがあるとすれば それは、「相手より髪の毛一本分より早く」、それのみだ。
先手 かつ 一撃 必勝。
相手の脳味噌が砕け散ったことで一瞬のケリが付く。

"型としての剣術"などでなく、本物の男どうしの殺し合いを常に身近くに添えていた、極度に緊迫した生身の生活。
それ故なる護身の心得であり作法の極みであった。
いや、この"簡素さ"こそ唯一の"型"であったのかもしれない。
明日の我らの国の為 二の手は無し、というみじんもブレぬ決意なのだ。

更には、たった今やって来るかもしれぬ命のやり取りがすべてであった為、稽古時には、機能性よく仕立てられた練習着など不要であり、平時の普段着こそ"道着"だったともいう。

しかし、それほどまでに実戦の修羅の恐怖と覚悟に拘り続けたからこそ、その張り詰めた緊張を知り尽くした究極の剣士の心中にあったものは、誰よりも繊細で傷つきやすい想いであったに違いない。
たとえいかなる荒ぶる志士であれ、彼等の胸は、常に、人傷付けることの大儀とそれへの悲哀の狭間で震えていたのだ。
心痛み入りながら、それでも大儀の闘いを前にした時、必死にその痛みを忘れようとする。
この"忘れようとすること"は、それそのまま「己との闘い」であるが、この想いを外に現わし出す唯一の手段は、他ならぬ一身の力にて剣を振り下ろす仕草(相手との闘い)以外には無かったであろう。
何故なら、悲しくも「示現流」の教えは、剣士に これ以外の術(すべ)を一切教えることをしなかったからだ。

純粋であったが故の彼等の心の葛藤は、想像するまでもない。
しかし、一瞬の気合と決意の瞬間、恐らくそこには不思議な静寂さえ漂っていたように想像できる。
こんな正真正銘の強さと偽り無き弱さ故、彼等は、太い筆を取りつつも細い線を描くことができたのだ。

振り下ろし、簡素、二の手無しの覚悟、普段着、生活、実戦、隣り合わせの死、悲哀、静寂

振り返ってみれば、尾崎悟という男は、この「示現流」の魂すべてを引きずりつつ、薩摩が佐倉に、剣が玄翁(げんのう)に、渡り合う相手が鉄に変わった程度。
それ以外は、全くそのままに 今の時代を疾走している極めて混じり気のない男である。
五年程前、曙橋の中華料理店のエレベーターの中、初めて彼を見かけて以来、尾崎悟という男を知れば知るほど、かつて示現流の練習風景に立ち合った薩摩藩主 島津斉彬公が思わず口にした言葉が、僕の腹部を通り抜ける。


「まるで気の狂った輩の剣術だ」

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