彫刻家  尾崎 悟

彫刻家 尾崎悟

プロフィール

1963 東京都出身

1984 東京藝術大学入学

1986 東京藝術大学藤野奨学金受賞

    作品「鶏」鍛金研究室に買い上げ

1987 東京藝術大学藤野奨学金受賞

1988 東京藝術大学工芸科卒業

1990 東京藝術大学大学院修士課程終了(鍛金専攻)

    終了制作「泉」東京芸術大学芸術資料館に買い上げ

1993 東京藝術大学大学院博士課程後期課程終了

活動暦

1986 個展 横浜市大倉山記念館

1993 個展 東京藝術大学大学院博士後期過程研究発表展

1993 野村文化財団 横浜ガレリアベリーニの丘ギャラリー

1996 個展 メタルアートミュージアム光の谷

2002 個展 画廊 鴇

2006 個展 ギャレットインテリア

2007 個展 ギャレットインテリア

「漣 (さざなみ)」

都内にある古い池のほとりに、美しい茶室を建立する計画がありました。

ある名士の方が大手ゼネコンに依頼したのです。

そのプロジェクトには様々なジャンルの大御所と言われる美術、工芸、 茶道、建築、写真、評論などの人たちが研究会という名のもとに集まっ いて、あーでもないこの方が素敵とか言いながら3年もかけて茶室の計画を練ってきたのです。

ある日私が大学時代の恩師の名誉教授に呼ばれて、金属で床の間の地板は作れんか?と相談されました。

「できます!」と答え、じゃあやってみれと言う事になった。

始めての打ち合わせで私は厚みが5センチもある鉄板を叩いて作りますと答え、フトコロから小さなサンプルを取り出して見せると建設会社の人達もお施主さんもみんな驚いていました。

それは茶の世界においては前代未聞の事で、
金属の地板なんて恐らく歴史上
ほとんど無かったと思う。

そもそもそのお施主さん(Tさん)の先代も粋な人だったらしく、大正時代に活躍していた文化人を呼んで、いろいろめんどうを見てあげたりしていたという歴史があって、彼もその遺志を継いで現代の茶人や歌人や画家などをサポートするために当時建てられた茶室の隣に新しく「二号館」として作る事にしたらしいのです。

そのコンセプトからいくと私もその現代の作家にあてはまる訳で、呼ばれた時にはなんだか一人前になれた気がして少し嬉しかった。

文字通り地板は偉大な大地を想起させるグランドラインです。

そして床の間は神様の宿る空間です。日本人が日本人の独自の感性で高めて来た精神性の結晶。

その象徴の空間です。

凄くやり甲斐のある仕事にドキドキしていました。

まずいちばんの手がかりは鎌倉時代からの文献にもしっかりと残っている古池でした。

海に程近い場所にありながら川の流れ込みが無い。つまり全て雨水もしくは涌いて来た水なのです。

現在は地下水もだいぶ枯渇して、管理されている部分もあると思うけど、それでも霊的なものを私は最初から感じていました。

私が構想した地板は厚さ5cmの鉄板(幅240センチ×奥行き90センチ、重さ850キロ)の表面を綺麗に研摩して、当たる部分(カガミ)がピカピカに磨いてある金槌でひたすら叩き、鎚目を一面に付け、さらにそれを磨いて仕上げるというものでした。

それは池の表面にきらめく漣を表していました。

最初のプレゼンテーションでは当然Tさんは戸惑っていました。

他の茶道の世界の権威主義的な人々に相談してもみんな批判的だったのです。

検討には随分時間がかかりましたが結局答えは出ない。過去に例が無いから想像は出来ても確信は持てない。

最後には「見てみたい」という彼の好奇心、探究心が決断の決め手となりました。

また、これは後から聞いた話ですが、建設会社の担当チームの部長さんが熱烈にTさんを説得してくれていたらしい。

伝統と格式の茶の世界でアートの感覚が受け入れられるはずはないと思っていたので、やれとの連絡が入った時はとても感動し、私は彼を評価し尊敬しました。

いざ始まってみると、作業は私の想像を遥かに超えたものでした。7月から叩き始め、約2ヶ月。

毎日朝から晩まで叩き通しです。昨年の夏はとにかく暑かった!猛暑の炎天下、唯々叩くばかり、、、。

一打叩くと鎚目ひとつ。その繰り返しです。広い水面には無作為に波が現れたり消えたりしますが、その自然な情景を恰も自然にあるかのように表現するには「叩きました」という行為を感じさせぬほど、努力が滲まないようにひょうひょうと表さなければなりませんでした。他には何もしないのです。右腕一本、金槌一本で叩くだけ。

「これは作品制作ではない。修行だ。」

そう思いました。

そしてそれはスポーツにも似ていた。朝、いきなり激しく叩かずに、徐々に力とスピードを上げて行く。そうしないとすぐに手首が悲鳴をあげるのです。毎日続けるために体調管理をしっかりしてモチベーションを下げずに叩き抜くべし!

半月ほど叩いてうんざりを通り越して「どうにでもなってよ、、、」と思ったりしていた頃の事でした。

どうすれば上手に叩けるか、ある時啓示にも似た閃きがありました。

歯を食いしばらず、目には優しさをたたえるのです。どう言う状態かというと、それは“祈り”の感覚でした。

全てのものに感謝し、すべての人々が幸せでいれるように、一打一打が生まれて来る大切な子供のように。

そうすると叩いたエネルギーが鉄板を通して下に抜け、地球の中心まで届くような気がするのです。

そんな時は金槌も無邪気にバウンドし、私の右耳のところまで素直に返って来た。

そうするといちいち金槌をヨッコラセと持ち上げなくて済むから叩き続けられるのです。

それに気付いてからが早かった。みるみる鉄板はキラキラした漣に埋め尽くされていきました。

しかし、、、本当の地獄が始まるのはまだまだこれからだと言う事を、その時は知る由もありませんでした。

鉄の表面は一打叩く事によって月のクレーターのような打痕が出来ます。

表面の肉は周囲に寄って高まり、くっきりと鍋の底のようになります。

それをたくさん繰り返して行くうちに鉄の表面は漣立って来るのです。

それは真ッ平だった鉄の表面の表面積を増やす行為でした。

漣達みんなが力を合わせて隣の波に「おまえあっち行け、おまえこそ!」と、おしくらまんじゅうするとどうなるか、、、。

5センチの厚みの表面の面積と下面の面積に差が出て来る。

その結果なんと鉄板が上に膨らんでしまったのです。

上から叩いているのに上に膨らんで来るという現象を私は知っていましたが、5センチあれば曲がりたがる力を抑えきれると思っていました。

その読みは完全に甘かったのです。それを治すには裏からも同じ数だけ叩かなくてはなりませんでした。

納期までの残された時間を考えるとそれは到底無理でした。

それともうひとつ、金槌で一発叩く瞬間のピンポイントには凄まじい過重がかかります。

鉄の組織がそれによって微妙に変化し、ほんの少しだけ曇っていました。

一発では目立たないのですが、全面にわたってくるとそのテクスチャーは私のイメージする水の透明感からはかけ離れていきました。

さらにもうひとつ。作業は屋外で行っていたので外の湿度が微妙に影響を与え、うっすらと表面が錆びて曇り始めていました。

叩く事と湿度のいたずらで、見事な鎚目の密度とは裏腹に、それはただの濁った鉄板に変わり果てていきました。

鉄板が私に言いました。

「君が何を作りたいかは知らないけど、
 僕は錆びたいんだよ。」

仕事をする時にいちばん大切な事は、どんなに問題が山積みでも、その瞬間に少なくともやらねばならぬ事をたったひとつだけ見つけ、それに全神経を集中する事です。

板が曲がった問題は一切忘れ、表面をどうするかについて考えました。“透明感”こそがこの作品の命だったのです。

本当は表面の問題を今の段階で気にする事にはリスクがありました。

何故かと言うと、表面をせっかく綺麗に仕上げても後で大きな歪みを修正する時に再び表面が変化する可能性が大変大きかった。

それは解っていてもその時の私に必要なのは作品を情熱的に見つめる事でした。

作品の中にリアルな情景と可能性を見出し、作品をしっかりと抱き締めたかったのです。

それは作品が始めて命というか、アイデンティティーを与えられる瞬間です。作品が呼吸を始めるのです。

この時期、手首の状態が悪化してきていたという事もあり、1日〜2日の休みも兼ねて鉄板の表面に、ある処理を施す事にしました。

フッ化水素という猛毒を表面に流し、肌を一度真っ白にしようと考えました。

金槌によって磨かれた表面をもう一度荒らしてしまうのです。

何故そんなバカな事をする‥‥!

でもそれは私にとってとても大切な儀式でした。

真っ白になった地板はまるで凍てつく流氷の荒野のようでした。

この頃すでに私はめまいと空想の中に、遥かな水平線や沖からの風圧の幻を見る事が出来ました。たかだか2、4メートルほどの鉄板が、広大な大地、海原に見えてしまうのです。

それは望んでいた事ではあったけれど、制覇しなければならない素材が私の身体を飲み込み、私は小さな小人となって自分が闘わねばならない大地を前にして絶望的な孤独さえ感じるのです。

私の身体は、遂には幼稚園児の時代にまで遡ってしまいました。

小さな私は重いハンマーを凍える両手で握り、しゃがんで一打一打地面を打ち続けています。

他には誰もいない。誰も助けてくれない‥‥

そんな幻を抱き締めて、私は毎日、毎晩、仕事を続けます。

手に出来た豆が破けて金槌がぬるぬるとし、時々手からスポッと抜けて空に飛んでいきました。頭を抱えてその場から身を翻し、ゴツーンと地板に落下したハンマーを拾っては柄をシャツで拭いて、また作業を続けました。

作業を休まずに続ける独りぼっちの子供は、それでいて‥‥その後ろ姿は夢中で楽しく独り遊びしているようにも見えました。

暗黒のような白い氷の世界は少しずつ春が近づいてくるように溶け、輝く鎚目に覆われて行きます。でも古い順に錆びによって曇り、透き通る春の水面は永遠に来ないかのように思われました。

仕方なく私は兼ねてからこれだけはしたく無かった事をする決心をしました。

鉄板の表面をバフ(円盤型の積層された布のかたまりが回転する磨き専用の工具。

薬品を付けながら磨く)で磨くのです。

本当は最初から最後まで金槌だけで磨かれた水面を作りたかった。

二つのクレーターが交わる峰に、切れ味の良い目の醒めるような波のエッジを作りたかったのです。

バフで表面を舐める事によってエッジが丸くなり、淀んだ水面になってしまう心配がありました。

しかし冴え渡る水の躍動感の代償として曇った表面というのは話にならなかった。

その日から、午前中は叩き、午後から磨き、夜にそれをもういちど繰り返すという作業に切り替えました。

実に不愉快に、頑固に錆びようとする鉄を恨みの目で見下ろしながら、ひたすら磨き続けます。

バフの回転の遠心力によって飛び散る薬品:酸化クロム(有害)が目の中に入り、水面は緑色に見えました。

一週間そんな事を続け、ある日ふと全体を見渡したくなり、表面を綺麗に拭いてじっと見つめました。

‥‥‥そこには驚くべき風景がありました。

地板の正面に座り、奥行きと広がりを幾時間も空想していました。

すると、けぶっていた霧が晴れて妖艶な水面が姿を表しました。

実際の、90センチの奥行きよりもずっと深い空間がそこにはありました。

遠くの方では魚がはねたり水鳥が水面スレスレを飛んでいるのも見えました。

それまで私は「海」を作ろうとしていた。しかしここにあるのは沼、、池‥‥‥!

そうです。茶室が建つ目の前に広がるあの池だったのです。

磨かれた事によって波のエッジは丸くなり、トロ〜ンとした甘い水が表現されていました。

この作品に必要なのはこの柔らかさ、穏やかさだと言う事を確信したのです。

そして水平方向だけでなく、垂直方向、つまり水深まで表現したい、、、。

これまで私が鉄板に付けて来た打痕は単なる金槌の痕でした。しかし今は違います。

手前の方は大きなハンマーで大きな鎚目、奥の方は小さなハンマーで囁くように小さな鎚目。

でも、全ての鎚目は水中深くに沈んで行くように、自分までその深淵に埋没していくように!

それは偉大な演奏家がひとつの鍵盤のタクトに様々な意味を込めて一打するのと同じです。

それからというものは私の“作業”は“演奏”になりました。

佐倉の空を周回するトンビや、水面に舞い降りる、実体反転一対のアカトンボに微笑みながら、水面は奏でられていきました。

英語における5W1Hと言う疑問符があります。

when, where, who, what, why, how

私は子供の頃から自分の好奇心がめらめらと働く時、決まってひとつだけ永遠の謎として絶えまなく思い続けた事があります。

そしてその事を考えると何故か涙がこぼれてしまうのです。

「何故?」この言葉です。

何故以外は全て明確な唯一の答えがあります。それは「事実」というものです。

何故アゲハチョウの幼虫は角を出すのか、何故田んぼのあぜ道はあんなに良い匂いがするのか、何故冬の落ち葉焚きの煙は静かに漂うのか、、、。

子供電話相談室というラジオ番組に電話すると博士が科学的に答えてくれたけれど、私の知りたかった“何故”の答えとしてはどれも私を満足させてはくれませんでした。

その謎はずっと続き、今でもそれを考えると悲しくなります。

何故川の水は清らかに流れるのか?何故花は美しく咲くのか?何故私は泣いている?

何故‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!

鉄板を叩きながら、めらめらと写り込む自分を見下ろしながら、時折こぼれ落ちる温かい雫を、鉄が錆びないように拭きながら私は考えていました。

私が知りたいのは事実ではなく「真実」なのです。

ひと休みしようと金槌を地板の上に置き、椅子に座ってぼーっとしていたら赤とんぼが金槌にとまり、羽を低く伏せてじっとしました。空中をふわふわと漂ってきた小さな虫を一閃の光のように飛び立ちキャッチしてまたもとの金槌に舞い戻りました。

その時私の中で、深い沼の中で一瞬身をひるがえした幻の魚の鱗のように、驚くべき閃きがありました。

何故川の水は清らかに流れるのか?

水は、唯唯、清らかに流れたいのです。

唯、それだけがしたい。

唯一その事だけを一心不乱に、純粋に。

だから美しいのです。

花は美しく咲きたいだけなのです。

これを純粋と言わず何と言うのでしょう!

天文学的、無数の出来事が一秒ごとにこの地球上では起きています。

でも、そんな事どこ吹く風とばかりに、なにものにも惑わされずに、すぐ隣に爆弾が落ちようとも、花は一生懸命に咲く。

それこそが、花の、水の、私の気高さです。

美しさとは、純粋なたったひとつの事。

瞬間の、永遠の、たったひとつの事。

いつのまにか叩き始めていました。

何も考えず、食べず、寝ず。

鍛金と言う作業には、“最後の一打”というのがあります。

ひたすら叩き、がんばって叩き、しぶとく諦めずに叩き、なお叩き‥‥‥

しかしいつかはおしまいになる訳で、最後に一打ポン。と叩きます。

その瞬間、地上には絶対的な静寂が訪れます。もう二度と叩かれる事のない彼が静かにそこに佇んでいます。

その静けさと言ったら!

「しじま」という言葉があります。

「黙っている事」

という意味だそうです。

私は今、黙っています。

50t×2400w×900d、850キロの鉄板を前にして。

「 漣 」 第一部    完
尾崎 悟

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